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『セクシー田中さん』~もう1人の自分が、自分を変える

 書かなければ、と思っても、なかなか書けない。理由をつけて後回しにしてしまう。でも、書きたいと思ったことなら、ちゃんと書けるのだから、結局は動機の強さの問題なのかも?

 

 ここで、久々にテレビドラマの話を出したのは、本当に久々にいいドラマを見ているからである。もちろん、いいドラマというのは、あくまでも個人の好みの問題なので、私にとって、という大前提はご理解いただきたい。私にとっての「いいドラマ」は、シリアスとコメディのバランスが良く、見ていて楽しめるというのが一番である。そういう意味では、去年の大河も、かなり楽しめた。

 歴代のドラマで、私のお気に入りはメジャーどころで『ゲゲゲの女房』『ハケンの品格』、マイナーでは、もちろん、最高傑作『その女、ジルバ』と『ランデブー』(どちらもDVDになっていない…)。『ランデブー』も大傑作! 私、メジャー路線よりもマイナーの方がアガるので。そして、もう1つの要素は「刺さる台詞」。「ああ、それが言いたかったのだよ」という台詞が欲しいのだ。

 

  実は、『セクシー田中さん』も、第1話から見ていた訳ではなくて、ネット記事での評価を見て、たまたま夜更かししていたので、とりあえず見たら、ハマったのだ。慌てて、TVerで、放送済み分を見た。そういえば、『ジルバ』もそんな感じで見たのがキッカケだった。何しろ、夜が遅い。

 日曜日の夜更けに、いい年齢のオッサンが、1人、声上げて笑うという図は、いかがなものかとも思うけど、思わず、声上げて爆笑してしまうのは仕方ない。第7話では、振り返ったトンデモ・メイクの田中さんと、翌朝、足を見た笙野の絶叫、これを笑わずにいられるか!

 


 笙野役の毎熊克哉さんについては、よく知らなかったので調べてみたら、映画界では、遅咲きの新人として、近年、幅広く活躍していた方で、笙野のイメージとは全く違う、『私の奴隷になりなさい』というSMを題材とした作品(第2章、第3章)で、ご主人様で初主演というから、びっくり。

 

 で、話を戻すと、笑えるシーンもツボにはまっているのだが、毎回、実にいい台詞があるのだ。

 そういう点では、『ジルバ』との共通点も多い。『ジルバ』は、日系ブラジル移民や東北大震災まで、奥行きが広かった分、私の中での加点が大きいのだが、それを除けば『田中さん』もほぼ同じレベル。そして、『田中さん』では、田中さんがややコミュ障気味であるけど、言語化能力が高いので、各話の決め台詞が刺さる。

 第1話では「だから、胸を張ろうって思ったんです。曲がった背筋を何度も何度でも伸ばそうと思った」、第2話なら「正解がないから迷うんです。自分がこうありたい正解を、自分で選び取るしかない。自分の頭で考えて選んだ決断って、誰かに何を言われても、揺るがないじゃないですか。私は自分の頭で考えて、自分の足を地にしっかりとつけて生きたかった。他者を跳ね除けて強くありたいか、全てを内包して柔く共存したいのか、まだ模索中です、未熟なので」というところ。

 さらに、『ジルバ』と『田中さん』には、共通点がある。キーワードは「居場所」。もう「若くはない」主人公が、日常とは全く違う「非日常」に「居場所」を「作り」、日常とは違う自分を生きる。それが、「日常の自分」をも変えていく。そして、主人公が変わると、それによって周りも変わっていく。目を背けていた自分と向かい合い、自分はどうありたいのか、そのために自分はどう変わっていかなければならないのか、『ジルバ』では気づけば、だが、『田中さん』は「気づき」を与える点が異なる。

 それは、『ジルバ』のアララがどんよりとした曇天からのスタートであるのに対して、田中さんは物語のスタートの時点で、既に「非日常」でのベリーダンスによって、1人でもそれなりに充実して生きる方向性を持っているという違いから来ている。もっとも、田中さんがそうなったのも、割と最近のことで(ハムスターの「真壁くん」がいなくなったときの慌て方、「真壁くん」が死んじゃったときの想像での動揺から、ハムスターを飼ったのも「真壁くん」が初めてと思われるから)、まだまだ変化途上ではある。

 けれど、どちらも「このままではいけない」という本人の意志が、行動に向かったという点、そして、どちらも、本来は「愛される」素質を持っていた、という点では同じである。

 大事なのは、この「このままではいけない」という意志を持つこと。アララの「何かしないと、今、ここで新しい何かしないと、私は私の人生を嫌いになっちゃう」、その言葉を発することができるだけ、彼女たちは「強い」。そして、それが観る人に勇気を与えるドラマにしているのだと思う。

 

 個人的には、田中さんが踊るペルシャ料理の店のマスターで、田中さんが一方的に想いを寄せている三好役の安田顕、こういうヤバい男を目指したいなぁ(いろいろ無理だけど)。

 

 まあ、私の感想や考察はともかく、とにかく一度観て欲しい。日曜夜、これを観終わると、「明日、月曜日から、また頑張ろう!」、そういう気持ちにしてくれるドラマであることは間違いない。