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『#好きなんだ』AKB48

平成の終わりに48グループから指原莉乃が卒業する。前田敦子卒業後の48グループは「普通の女の子がアイドルになる」というコンセプトにおいて、運営サイドの思惑はともかく、間違いなく指原莉乃がその象徴であった。前田、大島優子卒業後の選抜総選挙において、正統派アイドルに一番近い渡辺麻友に1度敗れたものの4度女王となり、かつ社会現象とまでなったAKB48の代表曲『恋するフォーチュンクッキー』のセンターであった指原莉乃は、かわいいだけではなれないトップアイドルを体現した存在とも言えよう。

大島優子もそうであったが、総選挙1位以外でのAKB48のシングル表題曲単独センターは、卒業シングル『ジワるDAYS』だけである。(もっとも指原莉乃は、所属としてはHKT48で、そちらでは『バグっていいじゃん』での単独センターはある。)これは、ライバル渡辺麻友が総選挙1位になる前に単独センター曲があることと対照的である。先に「運営サイドの思惑はともかく」と書いたのは、運営サイドからすれば、大島優子同様「48グループの象徴」として推し出される存在ではなかった。けれど、初代総監督高橋みなみ卒業後の48グループの顔と言えば、やはり指原莉乃と言わざるを得ないであろう。

彼女が単独センターの曲と言えば、間違いなく真っ先に『恋するフォーチュンクッキー』が浮かぶのだが、この曲はある意味「アイドルらしからぬ」曲でもあるので、卒業に絡めてのレビューでは、彼女が「王道アイドルソング」として気に入っていたという『#好きなんだ』を取り上げてみた。

 

 ここで、「王道アイドルソング」の定義について、考えてみる。「王道」がつく以上、「普通の」アイドルソングとの違いも考慮しなければならない。

ざっとこんなところか。

 

①メロディはミディアム以上のテンポ、できればアップテンポのメジャー(途中に、変化をつける若干のスローやマイナーがあるのはOK)

②掛け合いや掛け声が入れやすいサビで、ファンとの一体感を作れるとさらに良い

③歌詞は、恋以外で悩んではいけない(メッセージソングや応援ソングは「王道」からはズレる)

④片想いはいいが、不倫や絶望的な失恋が予想される内容はNG(それは、演歌や歌謡曲の世界)

⑤許されるのは「キス」「抱きしめられて」までで、その先まで行くと生々しくなりすぎて「王道」から外れる

 

70年代は不案内なのだが、南沙織『17歳』(実際は、森高千里で聴いている)やキャンディーズ『年下の男の子』、それに桜田淳子の楽曲あたりになるか。榊原郁恵『夏のお嬢さん』も掛け声の入れやすさからも王道アイドルソング。

80年代は圧倒的に初期の松田聖子に尽きるだろう。代表作は『青い珊瑚礁』。河合奈保子『夏のヒロイン』、早見優『夏色のナンシー』、浅香唯『C-Girl』あたりが代表格か。意外と王道アイドル楽曲が少ないモー娘。だと『真夏の光線』が該当する。こうして見ると、夏ソングが圧倒的に多い。

『#好きなんだ』も、まさに夏ソングである。メロディはイケイケなのだが、歌詞が下品になっていないあたり、まさに王道だろう。この曲、浅香唯もそうだし、堀ちえみ、福永恵規あたりが歌うとはまる感じがする。ちょっと気後れしながらの菊池桃子の歌唱も、逆にファンの応援したい気持ちをくすぐるだろう。

 

AKB48の歴代のシングルでは、『言い訳Maybe』『ポニーテールとシュシュ』『ヘビーローテーション』『Everyday、カチューシャ』『ギンガムチェック』『希望的リフレイン』などが、王道アイドルソングにカテゴライズされるだろう。(『大声ダイヤモンド』は言葉遣いが少々荒っぽく、『チャンスの順番』は応援ソングなので、王道からは外れる。『上からマリコ』と『永遠プレッシャー』は、掛け声の入れやすさから王道に入れていいかと思う。)

このうち、おかずが一品多い(変則メロのCメロがある)のは、『言い訳Maybe』(愛しくて切なくて…)、『ポニーテールとシュシュ』(束ねた長い髪…)、『Everyday、カチューシャ』(君が好きだ言葉にできないよ)、『ギンガムチェック』(海がキラキラと…)で、特に『ポニーテールとシュシュ』は、まさに神曲である。(これについては、また改めてレビュー予定。)『ヘビーローテーション』も3コーラスめは変則メロディなので、ここに含めていいと思われる。

そう考えると『#好きなんだ』は、ちょっと物足りない感じがする。『希望的リフレイン』もそうなのだが、ものすごくノリが良くて、ファンとの一体感はあるのだけれど、何か「残らない」感じがする。アイドルソングなんだから、シンプルでいいし、おかずにそこまでこだわらなくてもいいという意見もあるかと思うが、そうやっておかずが一品多い楽曲と比べると、お腹一杯にならない感じは否めない。

とはいえ、『#好きなんだ』はBメロ後半のマイナーの使い方もサビの開放感にうまくつながって全然悪くはない。何よりも、やっとセンターで王道アイドルをやれた指原が実に楽しそうで、思わず「良かったねえ」と声をかけたくなる雰囲気がある。自虐の多い指原がアイドルをやるときの、この全身から溢れてくる「嬉しい」は、間違いなく彼女の魅力である。

と、同時にこのMVで注目したいのは渡辺麻友の扱いである。大島センターの『ギンガムチェック』でも、ダンスでは、大島が順位奇数の「MOTORGIRLS」(大島、柏木由紀、篠田麻里子、小嶋陽菜他)で黒のイメージカラーだったのに対し、渡辺は偶数の「CARDEVILS」(渡辺、指原、高橋みなみ、板野友美他)赤のイメージで、ダブルセンター扱いに近かった。そして、この『 #好きなんだ』でのMVでは、失恋後、一人、傷心旅行のツアーに沖縄に来た渡辺と、そのツアーコンダクターで高校のクラスメイトの指原の二人がメインストーリーになっているのだが、設定から言っても、渡辺の方がヒロインっぽい。もちろん、ダンスシーンでも全体の作りでも、確かに指原がメインなのだが、渡辺も3位の松井珠理奈に比べて格段にフューチャーされている。

思うに、『ギンガムチェック』のときは、次期エースとしての渡辺を全面に出すという考えがあっただろうし(上位は、奇数順位組の方が年齢的にも高かったこともあるが。ただ、偶数組の渡辺の次が指原であったというのも、そういう意味では次世代チームという点では符合している)、『#好きなんだ』では勝ちきれなかったとはいえ、卒業宣言をした功労者である渡辺に花を持たせたかった制作サイドの気持ちがあるのではないか。仕事なのに遅刻してきて調子のいいツアコン指原と思い詰めた表情の真面目そうな渡辺の構図が、まさにグループ内のそれぞれの存在感のようで興味深い。

前田敦子が「普通の女の子のアイドル」、大島優子が「わかりやすいアイドル」、高橋みなみが「一生懸命なアイドル」ときて、指原の「アイドルらしくないアイドル」と、全盛期AKB48ではそれぞれ特性のあるアイドルの集団であり、その中で渡辺麻友こそが、恋愛スキャンダル皆無の処女性を保った、まさに「正統派アイドル」であった。最後となったこの総選挙、うがった見方をすれば、柏木由紀、山本彩が立候補しなかったのは、運営が「アイドル票」を渡辺に集中させて、何とか勝たせてやりたかったのかもしれないとまで思えてしまう。だからこそ、メインストーリーでのヒロイン設定をしたのではないだろうか。

このMVのラストの、海岸での二人のやり取りも興味深い。

指原「亀ってさぁ、ここで生まれて、それであそこまで、ずっと砂の上を這って行くんだって。こんな感じ?(で、亀が前足で這っていく真似)こんな感じで。でも、大変なんだって、海で育つのって。」

これは、AKBという砂浜を這って卒業し、そして、芸能界という海で生き抜いて成長することの暗喩ではないのだろうか。

 

指原「ねえ、競走しようよ!」

渡辺「えっ?嫌だよ」

指原「しようよ、競走!」

渡辺「もう嫌だよ」

指原「じゃ、お先!」

 

このやりとり。ライバルとして戦いもした2人、競走するのはもう嫌だという渡辺に、指原はその海に向かい育つことを宣言する。卒業の順序こそ逆であるが、ずっと競走しながら芸能界で生きていこうと言う指原に渡辺がついて追いかけていくところで、このメインストーリーは終わる。まだまだこの先もこの2人の芸能界でのストーリーは終わらない、そんなことを連想されるシーンである。

 

楽曲としては、確かに神曲としては物足りない。けれど、この曲は、AKBの時代を彩る2人の記念碑として、やはり美しい曲だと思える。


追記

先程セトリを確認したら、1曲目にこの曲。「やっぱ、なぁ…」と妙に納得。

それと、秋元康先生が「AKBとは、指原莉乃のことである」と言ったのも、「やはり、そうだったか」と。

 

#指原莉乃卒業

# 好きなんだ