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三田寛子『駈けてきた処女』


堀ちえみさんの舌ガンにショックを受けた方も多いと思うのですが、つんく♂さんの咽頭ガンのときと同じく、私も他人事ではない恐ろしさを感じました。私の父も大腸ガン(肝臓に転移)をきっかけに亡くなっています。(直接の死因は敗血症性ショックでしたが。)

堀ちえみさんは、花の82年組と呼ばれるアイドル豊作の年のデビュー。この年のレコード大賞新人賞は、松本伊代さん、早見優さん、石川秀美さん、シブがき隊(最優秀新人賞)でした。ところで、新人賞に漏れたメンバーには、中森明菜さん、小泉今日子さんがいます。レコード大賞の細川たかしさんが同じ事務所、さらに松本伊代さんと同じレコード会社で涙を飲んだ小泉今日子さん、売上は断トツなのに、事務所、レコード会社ともに力が強くなくて、新人賞レースに弱かった中森明菜さんと、すごいメンバーです。

そして、堀ちえみさん、小泉今日子さんと同じ1982年3月21日にデビューした三田寛子さんのデビュー曲が『駈けてきた処女(おとめ)』です。彼女は、前年に『2年B組仙八先生』の生徒、高坂ひとみ役で、シブがき隊とともに出演しています。レコード会社はCBSソニー、80年に山口百恵さんが引退した後のポスト百恵で期待されていました。本人の知名度と、この曲がカルピスソーダのCMで使われたこともあり、この曲はそこそこに売れました。が、賞レースには縁がなかった彼女、やはり、そこには「大人の事情」も絡んできます。事務所が、中森明菜さんと同様にあまり力が強くなかったことに加え、急遽デビューしたシブがき隊が同じレコード会社ということも影響していたと思われます。そして、後々に『笑っていいとも!』でバラドル(!?)としてブレイクしたことを考えると不思議なのですが、他の同期がアイドルメインのバラエティー番組に多く出演する中、彼女は女優活動がメインで、バラエティーへの露出が少なかったことが、徐々に歌手活動低迷につながっていくことになるのです。そのあたりも山口百恵さんを意識していたと思われるし、役柄も暗めのものが多かったように記憶しています。

さて、その『駈けてきた処女』のレビューです。

 

まず、豪華な作家陣。作詞には数々の山口百恵のヒット曲を書いた阿木燿子、そして、作曲にはアイドルに楽曲提供をほとんどしていなかった井上陽水、編曲は安定の萩田光雄、いかに製作陣が力を入れていたか分かる顔触れである。『かざりじゃないのよ涙は』で中森明菜に楽曲提供したときは、陽水がアイドルにと話題になったが、三田寛子はとっくに書いてもらっていたのである。

期待感を膨らませるイントロの出だし、王道アイドルらしい導入部。Aメロはちょっとこもった気だるげなような低音から入る。単調な譜割りになるかと思わせながら、シンコペーションでうまく変化をつけるのは、陽水、阿木の見事なコンビネーション。そして、Bメロに入ったとたん、声質がいきなり活き始める。ここは、絶妙なバランスのアレンジで、彼女の中音域の実に温かみのある表情の豊かさを引き出している。呼びかけるような歌詞にふさわしく、とても柔らかな優しい歌い方をが印象的。

そして、サビ!! 彼女の甲高い声は有名なのだが、「草萌える春を踏み」の「さ」の飛び抜ける伸びやかな高音で実に気持ちよく解放される。高音の解放感だと、華原朋美に顕著に使われるのだが、三田寛子の解放感は清々しい喜びに満ちた輝きに溢れる声と言えるよう。続く「裸足のまま駈け出しましょうか」は、普通のアイドルなら平坦なメロディラインにするところを音を飛ばして「か~『け』だし」と難易度の高い技を課されている。まあ、ここは相当キツかったようで(夜のヒットスタジオでも、この「け」の音で苦戦している。)、後に生放送で歌うのに、ここがとても緊張したと語っている。「処女の森を」で伸びやかな高音で、ここで終わるかと思いきや、ラストに「16だから恋始め」のおまけがつき、実に豪華な作りである。

 

「私は歌が下手でレコーディングに時間がかかるから、スタジオを借りるのに料金が安い深夜に録ったので、レコーディングがとてもつらかった」と、最近の番組で語っていたが、この曲を含むファーストアルバム『16カラットの瞳』を聴いても、表題曲のご挨拶を含めて、丁寧に作られていて完成度が非常に高い。確かに、岩崎宏美や渡辺美里のような音程の安心した上手い歌唱ではない。けれど、実に表情のある歌唱とは言えると思う。それだけに製作陣が彼女の能力を最大限に引き出そうと、何度もリテイクしたことは想像に難くない。何しろ、この年の1月には、同じCBSソニーで、松田聖子があの名曲『赤いスイートピー』をリリースしているのだ。制作陣の気合も入るはずである。だから、このデビュー曲は、その意味でも神曲であったし、それゆえに後々に彼女の歌手活動の呪縛ともなった。その後のシングル作品の路線の迷走は、ヒットにはならなかったけれど、後々に振り返ると彼女の歌い手としての多面性を見せてくれる。

女優活動と平行しての歌手活動は、山口百恵を別格としても、彼女の後には、原田知世、斉藤由貴、和久井映見が続く。表現力ある女優が歌うという意味では、そろそろまた歌ってほしい。中島みゆきとの相性がいいのは分かっているが、おそらくユーミンや竹内まりやともいいであろう。例えば、『真夏の夜の夢』もいいだろうし、中森明菜とは別の解釈で救いのある『駅』もいいと思う。ただ、同じくバラドルの森口博子が歌がとにかく好きというのとは逆に、彼女は歌にトラウマがあるから難しいのだろうなぁ。