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太田裕美『さらばシベリア鉄道』


12月ということで、クリスマスソング以外で12月に関する曲はないかと考えていたら、ふと思い出したのがこの曲。1980年の曲です。作曲の大瀧詠一によるセルフカバーも有名ですね。デビュー時にはアイドル要素の強かった太田裕美も、6年を経て、いわゆるニューミュージック系アーティストへの転換時期にかかっています。前年から、シングルの作詞が松本隆から離れているのも、いろいろ挑戦している感じがあります

ただ、アイドルからアーティストへの転換は難しい。本人のやりたいことと、周りやファンが望むこととの乖離がセールスダウンとなりやすいからです。もう少し後になりますが、河合奈保子も後半、脱アイドル路線の楽曲のリリースとともに売上が下がったパターン。この曲も、オリコンチャートでは最高位70位。同年春の『南風-SOUTH WIND-』がCMタイアップありで22位だったことと比較しても、当初の評価はそれほど高くなかったこととなります。

 

楽曲構成は、大雑把に見ると「A-A´-サビ」となりますが、細かく切ると「(a-a-b-a)-(a-a-b-c)-(サビ1-サビ2-a)」という形。大陸を走る汽車をイメージしたようなテーマaメロが何回も繰り返されます。このテーマaに対して、高音で伸びやかになるサビが対照的。1コーラス終わったところで、トンネルや鉄橋を通って行く汽車のイメージそのままに唸るような間奏、2コーラス目直前のフリで、半音上げてより切迫感を出してきます。

 

作詞は、久々の松本隆。太田裕美の最大のヒット曲『木綿のハンカチーフ』や『赤いハイヒール』『失恋魔術師』など、初期の作品も松本隆です。太田裕美-松本隆というと、今挙げた3つの作品に共通する「男女の掛け合い」。『木綿のハンカチーフ』では、1コーラスごとに、前半が都会に旅立った男性、後半が地元に残った女性の目線で詞が作られていますし、『失恋魔術師』では、女性目線の間に「失恋魔術師」からの言葉を挟んでいます。この『さらばシベリア鉄道』でも、大雑把区分「A-A´-サビ」で言うと、「A」が女性、「A´」以降が男性目線です。現代の草食系男子とも言える、答えを出さない主人公の男性に対して、愛想を尽かした女性がシベリア鉄道で旅をしているという状況で、女性からの想いに対して男性が答える形です。

この形式から、元々太田裕美に書かれた曲だと思っていたのですが、調べてみたら違っていました。元々は大瀧詠一のための曲であったのが、大瀧詠一がAメロの女言葉に抵抗があって歌うのをためらったために、同じレコード会社の太田裕美に回ってきた、ということなのですが…。でも、松本先生、なんとなくですが、太田裕美に歌わせることを意識しているような感じがします。前年から太田裕美のシングルから離れていた松本隆ですから、久しぶりに太田裕美との仕事を想定していたとしたら、こんな感じになったという。太田裕美はこのシングルを含むアルバム『12月の旅人』を翌月にリリース。翌年になって、大瀧詠一版が大傑作アルバム『A LONG VACATION』に収録し、さらに半年以上後にシングルカットされます。

それで、その詞なのですが、これがまた、平易な言葉を連ねながら、なかなか重い!「誰でも心に冬を隠してるというけど、あなた以上冷ややかな人はいない」という女、「疑うことを覚えて人は生きていくなら、不意に『愛』の意味を知る」男。

 

アレンジとしては、ストリングスメインのスケール感に、要所でエレキが泣いてる(!)という、かなり豪勢な感じです。太田裕美と大瀧詠一の歌唱を比較すると、ところどころ符割りなども違う中で、顕著なのがサビのメロディ。大瀧詠一がサビ1の最後で音を低く誘導し、サビ2が中音域で余裕を出すのに対し、太田裕美はギリギリの高音までもっていきます。これは、後の小室哲哉が多用した、女性ボーカルのギリギリの高音で印象的にする手法ですかね。

 

何はともあれ、この曲は、発売当初のセールスとは逆に、後々に残る名曲となりました。福山雅治がカバー、それに坂本冬美もカバーしています。