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岡村孝子『Believe』~その1フレーズのために

副業の企業新人研修の休憩中に、ふと「だめな生き方でもいいから私らしくいたい」(『長い時間(とき)』のフレーズが浮かび、思い出したのが岡村孝子。

代表曲といえば『夢をあきらめないで』になるのだが、実はこの曲、オリコンのシングルチャートでは最高位50位なので、シングルとして発売当初は大ヒットという訳ではなかったのである。

岡村孝子は典型的なアルバムアーティストで、シングルを売る気がない(シングルと、その収録アルバムの同時発売が多いので、アルバム買う人はシングルを買わない。アルバムからのシングルカットも)ので、シングルでチャート10位以内に入ったのが1作品(最高順位9位)なのに対し、アルバムは、オリジナルで5作連続1位、セレクションも含めれば6作が1位、2位も3作品ある。

 

岡村孝子の描く主人公の女性は、ごく普通の日常の中にいる。竹内まりやと違うのは、主人公の自己評価が決して高くないところである(竹内まりやがアイドル系歌手に楽曲提供したものを本人が歌うと、アイドル系歌手にはない「悪意」が、竹内まりやには感じられてしまい、上から目線の嫌な女になってしまうことが多い。具体例・河合奈保子『けんかをやめて』、薬師丸ひろ子『元気を出して』など)。恋しても手放しでハッピーではない、別れても引きずる。中島みゆきまで行ってしまうとスケールがデカすぎて世界が広がってしまって難解だけど、岡村孝子は「分かりやすい」。詞がある程度具体的なので、状況がドラマの1シーンように想像できる。同年代の女性からの支持を集めたのは、彼女たちの日常のアルアルが描かれているのが大きい。

 

「混み合う電車に押し込まれ ガラスに額をつけたまま 大きなため息をついたら なお気がめいる」(『電車』)、

 

「見違えるほどいい女だと 言われたくて今夜は 背中の開いたドレスと紅いルージュで来たわ」(『ピエロ』)

 

「ざわめいた 人ゴミで 私だけが うまく歩けない」(『クリスマスの夜』)

 

そして、彼女の曲の主人公は、仕事のために恋を諦める、好きな人と離れるというパターンが多い。女性の社会進出が進み始めた当時、仕事と恋の両立が難しい、働き始めた女性たちの代弁者となり「OLの教祖」とまで称された。もちろん、サード・アルバム以降、アルバムタイトルをフランス語にして(ファースト・アルバム『夢の樹』、セカンド・アルバム『私の中の微風』は、曲はともかく、タイトルとしては70年代フォークを引きずっているニューミュージックで、普通に垢抜けない感じがする)「オシャレ感」を出したことが、彼女らの支持につながった面はあるだろう。

 

だから、それまでのオーソドックスな失恋パターンである「他に好きな人ができてフラレる」のではなく、(本当のところはどうなのか、解らないが)「お互いの未来のために別れる」のだ。先に挙げた『夢をあきらめないで』も、元々は恋愛(失恋)ソングであったものが「夢をあきらめないで」のワンフレーズが、教科書に載る曲にしたけれど、「遠くにいて信じている」のは、彼女よりも「夢」を選んだ別れた相手のことである。

 

表の代表曲『夢をあきらめないで』に対して、裏の「OLの教祖」としての代表曲が『電車』。例に出した歌い出しのワンフレーズは、通勤する人々、特にOLには共感しかないだろう。そして、この曲は『夢をあきらめないで』と逆に、彼女が「道」を決めている。その点では「フッた」側の曲だ。「フラレた」場合、どこかに「見返してやる」(『見返してやるんだわ』という曲もある)という意地があって、(強がりという面もあるにせよ)強くなれたり、諦めから悟りに行って、相手に優しくなれたりもする。しかし、「フッた」立場、自分が決めた場合はそうはいかない。「自分が決めたことなので、悔いはないです」という台詞をしばしば耳にするが、人が悔いるのは、むしろ自分が決めたことである。「あなたを失くしてまでも決めた道を 悔やむほど弱くなった私をしかって」と、別れた相手に救いを求めてしまう姿に、自分の今を投影する人は少なくないだろう。

 

そして、『Believe』である。後日の『電車』に対し、これは別れの当日。なぜ別れたのか、それまでがどうだったのかは一切省略されて、ただ、当日だけを切り取っている分、聴き手の共感は強まる。

 

「あなたのすべてを誰よりも知っていると思ってた」から、毒傾向のある母親っぽく、本人よりも私の方が分かっていると思い込み、自分の理想を押しつけていたことを想像させる。結局は、それに我慢できなくなった相手がブチ切れて終わり。「優しくなれずに 最後まで傷つけ合った」が生々しい。そうすると、歌い出しの「最後の言葉」を具体的に書かなかったことが、聴き手に考えさせる。人の波に消されて届かなかったのは、「愛してる!」なのか、「ありがとう!」なのか、「頑張れ!」なのか、あるいは「行かないで!」なのか…。私個人としては、ここは「バカヤロー!」である。

 

タイトル『Believe』に対応する歌詞は2箇所。2コーラス目のサビ「もいちどあの日にもどれたら愛を素直に信じたい」と、ラストのサビ「もいちど明日を信じたい どんなことに出会っても」。

 

前者は反実仮想。プロポーズされたときに、答えを保留にした。素直に受けられなかったのは、将来をともに生きる相手として頼りなく思ったのか、自分のやりたいことが先ですぐに結婚を考えられなかったのか。いずれにせよ、恋愛と結婚は別なので、即答はできなかったのであろう。ただ、結婚相手として意識したからこそ、相手に理想の押しつけが強くなり、その結果の破局につながったということは考えられる。けれど、それは今となっては「終わった」こと。

 

それに対し、後者は「これから」である。直前2コーラス目ラストで「今ではこんなに遠く生きてるけれど あの日のぬくもりを消せずに 崩れそうよ」の後、突然、(半音上がって)前向きな言葉になって「息づく時間をいつだって感じていたい」と続く。この突然の前向きがリアル。何しろ「明るく元気に前向き」がいいと道徳教育されてきた世代だ。キッカケや理由など吹っ飛ばして、とにかくそうしなければ、と、最早習慣のように思ってしまうのは当然。けれど、「信じてる」でなく、「信じたい」ときたのは、もちろん、今現在は気持ち的にはとても信じられないからである。タイトル『Believe』は、この「明日を信じたい」を呈示し、このワンフレーズのために、他が説明、説得力になっている。

他の多くの曲にも共通する、岡村孝子の書く主人公は、弱い自分から目を逸らさない。弱い自分を認めるという逆説的な強さがある。だから、強がれるのである。1コーラス目ラスト「さよなら 二人が見つけた言葉だけが 遠く旅立つ生き方の行方を見てる」で、「さよなら」は、ブチ切れた相手と、ブチ切れさせた主人公の二人で見つけた言葉だった。けれど、大ラス「さよなら 私が 決めた答えだから 想い出抱きしめて 心の瞳を閉じた」では、ブチ切れさせたのは自分であり、それは、他でもない自分自身が決めた答えだとする、ある意味の「強がり」である。

 

と、歌詞の内容が重いだけに、曲の構成は、(A-A'-サビ-サビ'-A')✕2+半音上げてのサビ-サビ'-A'といたってシンプル。盛り上がるのは、サビ'の最後だけで、あとは淡々としている。このくらいでないと、ひたすら重過ぎる曲になってしまい、聴き手に「聴く覚悟」を求める曲になってしまうので、その点のバランスは悪くない。ただ、ちょっと残念なのはアレンジ。重いというか、大袈裟なのだ。ちょうど岡村孝子に勢いがついたタイミングで、ドラマ主題歌のタイアップがつき、しかも、シングル先行。岡村孝子のボーカルがそれほど癖が強くないことも合わせ、何とか印象深くしようとした結果だとしたら、やり過ぎた。しかも、主人公が、両親、2人の兄が勝手な恋愛をして(当然、両親はそれぞれが不倫)家族が崩壊するのを、何とか防ごうとするドラマの内容と必ずしも合致していない上に、主題歌がオープニングに使われる状況でのこのアレンジは…(オープニングから重すぎないか?)。

シングルとしては、オリコンチャート最高順位23位だが、収録アルバム『SOLEIL』は、ソロ活動後初の1位。「SOLEIL」とはフランス語で「太陽」。前作のオリジナル・アルバム『liberté』で起こした「革命で勝ち取った自由」が開花し、「OLの教祖」全盛期がスタートする。